覚書

 三条家の玄関を出た先で女中が四人、円状に囲んでヒソヒソ話をしている。

「さっきね、あの鷹司様が拾ってきた子犬を見かけたの。隷代のくせに蜜柑色の着物を身に着けちゃって。贅沢にもほどがあるよね」

「噂を聞けばあの子自身が選んだ布だそうよ」

「お目がたかーい。盗人の娘よ、そういう目利きはいいほうなのではなくって?」

 松戸家の屋敷まで主の指示で取りに行き、話をつけて目的の物を腕に抱え、格子状の木製の扉から出てきた凪は“ヒソヒソ話にしては”大声で話す女中を見る。

「うわー、こっち見てるよ」

「見んなよ。シッシッ」

 女中の一人は遠くにいる凪に向け、華奢な腕を晒す。手首で追い払うような動作をとる。

 言の葉を紡ぐことができない彼女は何も言い返すことができない──否、仮に声を出すことができても何も言わなかっただろう。嫌な顔一つ浮かべることなくただ四人に向けて一礼しその場を去った。

 

 鷹司家、当主の執務室。王立学院から出版される新たな文献を開き、頭を掻きながら熟読していた朝日。

 コンコンコンコン、と、素早く扉を叩く音が部屋中に広がる。どうぞと応じる。

 小柄で従順な子犬はパンパンになるほど書類を詰めた汎用性のある茶封筒を三セット腕に抱えながら指先で引き戸の窪みに指をかけ、ユックリと開いて入室する。

「おかえり」

 主は優しく声をかける。静かに微笑み控えめに彼の元へ近づく。遅かったなと声を掛けながら朝日は封筒を受け取り、彼女に掌を差し出す。


 凪はそっと指で打つ。


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「おいおい……」

 松戸家の当主の顔を思い浮かべながら苦笑いする。

 思わず凪の頭部に手を置き、優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細める。ふわりと香るカモミールのシャンプーの香り。自分と同じ泡を利用していると考えると、心の奥が熱くなっていく。

 現実に戻ってこれるように思いっきり首を左右に振る、柔らかな黒髪から手を放せば彼女は少し寂しそうな表情を浮かべる。

「下がっていいぞ」

 そのように伝えれば彼女は会釈し、静かに執務室から退室した。


 はぁーっと長い溜息をつきながら手のひらで額を擦る。何を考えているのやら。

 自重し、凪から受け取った書類の束へ再び手をかける。封を切るとさらに白い封筒が現れる。未開封であることを記す印が押されていることを確認し、こちらも封を切る。

 書類が入っている。二ヶ所に穴を空け、黒い紐で纏められた勤務状況報告書。

 極秘で王と相談し、民間企業を利用していた。一人一人の就労情報が事細かく書かれている。

「やっぱりな」

 机の引き出しを引く。クリアフォルダに纏められた資料を取り出す。内容を見比べる。松戸から送られた資料の内容と大幅に乖離している結果が記されている。

 整合性がとれている資料は恐らく民間側の調査結果の方。

 思わず書類の後半を確認する。


 烏羽凪────評価 優。