覚書

 病院前には車輪が四つ着き、言魂の力を元に路上を走る“俥”と呼ばれる乗り物がある。運転席、その隣の助手席。後ろの後部座席にで二人ほど黒い扉が開かれ、凪は後部座席へ座る。ソファーのように柔らかな椅子の弾力性を味わう中、努は後部座席の扉を閉めた。

 彼は前方の運転席へ回り、出発する旨を伝えると、後部座席の扉からガチャン──っと、重低音を鳴らしながら錠がかかる。

 ──これで烏羽は逃げられない。

 努はエンジンをかけ、アクセルを踏み込む。

 王都の路面は平らな方だ。皇帝の贈り物もためか、車内の揺れは少ない。

 凪が話せないのもあり会話は無い。無言で殆ど無音の送迎が続く。

 交通整理の警兵の合図で俥は止まる。努はそっと後ろを振り向けば小さな頭(こうべ)はこくり、こくりと頷いているように見える。

 ──最近どっかで見たな……これ。

 思考を巡らせる。丁度三日前だ。彼の親友も凪と同じように居眠りをしていた。朝日については常に睡眠時間が圧倒的に足りていないが、彼女の場合は違う。“立場”をもっと考えるべきだ。

 ──寝ていられるのも今のうちか。

 この俥は“王宮”行き。彼女の目的地は鳳凰の間。そこで待つのは現王と、王族の中でも特に力を持った五つの家──五摂家の当主が待っている。

 彼女は王命により隷代としての処遇を伝えられる予定だ。

 その処遇の決定の一人に朝日が含まれていることを知らずに……。