覚書

 ある日の昼下がり。夕方に来客の連絡があり、その準備のため凪は庭を掃除していた。昨日中に簡単に掃除を行っていたので、それほど目立った汚れは無い。

 鷹司家に勤めてからもうすぐ一年だ。神子として覚醒後、隷代としての立場からは解放されたが、変わらず世間の目は冷たいものであった。

 それでも凪は負けなかった。彼女の中で依るテラの存在が影響していた。深く落ち込む間も無く、上流階級のヒトにも立ち向かう度胸。ーーそして、身近にいるヒトからの助け、彼女の主からの助けもあり、ソルトニアで暮らす民の生活にも変化が起こり始めていた。

 ただ、彼女の中で一つ迷いがあった。このまま鷹司家に居候し続けていいのか。予定では卯花の月(四月)の末日には完済する予定だ。

「ふーん、今日もよく働く子犬だこと」

 門の先から六花が凪の様子を見ていた。腕を組み、上から目線で彼女に言う。

「アンタがここにいられるのはあと何日かしら。そしたらここから離れるんでしょ? 清々するわ」

 ーーここにいていいはずは無い。 朝日の婚約者である六花にとって凪という存在は邪魔者だ。

 凪は決心する。

「九条様。ご安心くださいませ。五月に入りましたら王宮を退きます」

 彼女はもう想いが膨らみすぎていた。朝日と六花が仲睦まじい様子を遠くから見守ることなど決してできない。ソースは目の前の六花だ。何度彼女から凪に酷いことをされてきたか。

 主を男として意識した以上、また、自身にテラを宿る以上、凪自身を制御できるとは思えなかった。

 三十回目の卯花の月、明日も宜しくな。主も使用人仲間にも平然にそのように言われる。

 いつもならば就寝時間。彼女は灯を炊き、羊皮紙に“別れ”の文を書き始めた。