覚書

 心の奥の空洞感。薬指に光るものを見つめる。誰もが口を揃えて彼女のことを幻覚だ、イマジナリーフレンドだと言う。
 凪が亡くなってから一年が経つ。それでも亡くなったことはこの世界では“幻想”だ。公的に証明できるものは無い。枕元のマリッジリングは煤まみれのままで時が止まっている。
 ーー一度、忘れてしまおうとした。彼女なんて居なかったんだと。何度も何度も何度も何度も指輪を外そうとした。
 でもできなかった。彼女を否定することは息子を否定することになる。
 自身のせいで殺めてしまったこと、自身のせいでヒトとして否定してしまったことも引きずっていた。見合いの話がいくつかあるが、次の女に興味の欠片も湧かなかった。

 背を蹴られる。振り替えれば寝息を立てる小さな宝。
 一体誰に似たのやら。布団を蹴飛ばし、掛けるものが無くて小さく震えている。
 そっと抱き寄せ自身の布団に入れる。寝顔が凪の姿と被る。
 敷き布団に新たな涙の跡がまた一つ増えていく。