覚書

 沢渡(さわたり)の失態により弁当の数が足りなくなった。たまたま蜂須賀隊のうち、二人が午後のお休みのため、不足分は残り一つとなる。
「私、弁当無しで大丈夫です」
 非常食で足りますのでと、言葉を添えながら蜂須賀に告げる。
 もともと用意していた麦にチョコレートをコーティングした菓子を一粒ずつチマチマと食べていく。口に含み何度も噛んで無味の水でふやかして一気に飲み込む。
 逃亡生活をしていたころを思い出しながら菓子袋の中を見る。まだ袋の半分以上残る麦のチョコレートを確認し、これなら三日は凌げると何度も言い聞かせ、酉の刻まで仕事をする。
 夜道。腹の音が煩いほど鳴る。
 高そうな名前の牛肉で作られたサイコロ状のステーキが脳裏に浮かぶ。口に含んだときに広がる肉の味。咀嚼時に溢れる肉汁。筋張らず柔らかな肉の繊維。食道に通っていく間の幸せ。
 ーー何故お肉ってあんなに美味しいの……。
 朝日が料理上手だからなのか、豊かな食生活のせいなのか。今の凪は「適当過ぎる一食」、または「食事を抜かす」という行為に耐性を失いつつあった。
「もう戌の刻か……」
 夜遅くの食事は胃が受け付けない。だが、今朝の食事が早朝の壬の刻だ。肉食べたいよう……と、本音を口を漏らしながら自宅のある公園の入口へ向かう。