覚書

 あまりにも静かで、寒くて冷たくて。アスファルトの地面にしゃがみ込み、言われたとおりに静かに待つ。

 所々、隙間風がヒュー、ヒューと音を立てて入りこみ、なんとなくではあるが、あの一月二十三日の出来事を思い出してしまう火種になる。大丈夫だと言い聞かせ、膝ごと己を抱く。

 腹が鳴る。昼間から何も食べていない。腹の子に何も無いことを祈り、迎えが来るのを待つ。

 重そうな扉が開かれる音が聞こえ、顔をあげた。石畳の階段を下る音とともに焼けたチーズの香りが充満していく。

「お待たせ」

 凪は立ち上げり、鉄格子の越しの彼に近づく。木製のトレーの上には白い耐熱容器が乗せられ、白い煙がゆるやかに上る。それが余計に腹の悲鳴をあげ、口の中は涎がたまっていく。

「お腹すいてるだろ? リゾットなら食べれるかなーって思って作ってきたぞ」

 出来立てなのだろう。上に乗せられたとろけるチーズは焼き色を付け、食欲が増してくる。

「お腹すいてます」

 口を尖らせ、拗ねた口調で言う。

 鉄格子の隙間から朝日の手が入る。優しく彼女の頭部を撫でる。気持ちよさそうに目を瞑る。

「とりあえず飯だ。温かいうちに食べるんだぞ」

 そのように言いながら皿の陰に隠れていたレンゲを手にし、リゾットを掬う。それを彼女の口元に近づける。

「はい、あーん」

 凪は一瞬、何をされているのかわからなかった。朝日は口を開けるように催促する。

 レンゲに乗せられたものを口にする。熱い!

 次の分が近づいてくる。少し冷ますように息を吐き。咥えようとする。しかし、彼女の食べるタイミングに合わせてレンゲを自分の方へ引き、朝日自身が食べる。

「リっちゃんから五つ星レストランのレシピをコッソリ教わって作ったけど結構うめぇな」

 ーー意地悪された!

 凪は自分のペースで食べれないことにもどかしさを感じ、頬を膨らます。反応が面白いのか彼はにやにやと笑い始めた。