覚書

 父親曰く、両親の寝室は母が気に入っていた部屋だ。小窓から入り込む青白い月の光はまるで幻想世界へ誘うようであった。

 私もこの部屋が好きだった。幼い頃の記憶より母の面影は無いが、父があまりにも楽しそうな表情を浮かべながら「この部屋は凪が大人になったらあげるね」って言うものだから相当思い入れのある部屋だと思っていた。


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 シメオンの布団に凪を転がし、体重をかけないように覆いかぶさる。黒の瞳にはエメラルドグリーン以外は映さないように両手で頬を包み込む。

 互いの瞳は熱を帯び、自然と唇を重ね合う。少しずつ荒くなる吐息とリップ音が秋の夜を奏でていく。


 骨が軋むのでは無いかと思えるほど朝日は彼女を抱きしめる。とにかく何も考えず、且つ彼女が逃げられないように腕の中に閉じ込める。

 そっと目を閉じる。凪という存在を感じて安堵する。こうして何度も彼女を抱擁し、こみ上がる欲を必死に抑え込んだのか……。

 不安げに朝日の名を呼ぶ。

 ーーダメだ。そんな声で呼ばないでほしい。

「はぁ……抱きてぇ……」

 鎖骨の下辺りに額を置き、思わず本音が漏れてしまう。その意味を理解したのか彼女の胸はドクンと跳ね上がった。

「だ……抱く?」

 問いかけに対し返事を出せない。軽蔑され、拒絶されてもおかしくは無い。何を言っているんだと自重する。我慢の積み重ねのせいか荒ぶってしまわないようにそっと彼女の元から離れる。

 だが、今度は凪から朝日の背に腕を回す。しなやかな腕は小さく震えていた。

「あの……凪さん?」

 朝日は思わず“さん”付けで呼んでしまう。

 厚みのある男の胸元に額を押し付け、嫌々と首を振る。離れないでと懇願する。ゆっくりと持ち上がる顔は色づいてて、不安な気持ちを含めながら純真に朝日のことを見つめた。

「いいよ」

 精一杯の許可だった。

 その発言に嘘の欠片は見えないが、再度確認する。本当に良いのかと。言葉には出さず小さくうんと頷く。

 凪の腕の中から離れ、向かい合う形で座らせる。小さな左手をそっと手に取り、下半身へ近づける。

 熱源は彼女の手に納まらなかった。布を押し上げ主張するそれを触れる手からは緊張感が伝わる。

「これが凪の中に入るんだぞ」

 静かに問う。言葉に出さず、うんと頷く。

「すきなヒトとは……初めてだから。上手くいかないかもしれないけれど……」

 膝の上で震える反対の彼女の手に一回り大きな手が優しく重なる。栄養のあるものを摂取した若い女の肌は絹のように柔らかく滑らかだった。