そろそろ覚書のおかわりしたいじゃろ?

「なんで……あっちの部署なんだぞ……」

 あぁ、やっぱり。

 部下たちは口には出さなかったが朝から何となく寂しそうな様子の隊長を見て察していた。

 王立学院の四年生以上の者はキャリア支援の一環で二週間、里見と共に活動する期間が設けられている。平たく言えば職場体験だ。

 無論、やる気に満ちた凪も朝日の薦めもあり、このプログラムに希望した。参加者への事前アンケートを考慮し、王の元で配属先が決められた。今朝、風導士の一般隊員以上に速報として連絡が入る。最も注目を浴びていた“期待の神子様”は第一課へ配属となった。

「それも……あの金ぴかのところかよ……」

 はぁ……っと、特段大きなため息を吐きながら鉛筆を削る。取手付きで手動式の削り機を何度も何度も何度も回しながらひたすら削る。

 端末で慣れない操作でメッセージを送る。なんで立法の方を志望したんだと。彼女から直ぐに返信が届く。知らないことが多いからと。さらに着信音が届いて確認すれば一緒の部署になったら公私混同するからと。

「否定できねぇ……」

 第一課は向かいの棟だが機密も多く、磨りガラス式だ。外から彼女の様子も観察できない。

「お互いのためか……」

 鉛筆削りからカラカラと音が鳴り始める。もう削れるところは無いよと空振りの音が鳴り続けるが、彼は取手を回し続ける。


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 あまりにも仕事に身が入らなすぎて、半休を取ってしまった。学院から戻ってきた凪は普段いない時間帯に俺がいてたことに目を見開く。たまには急に休みたくなる年頃だぞ。

 気持ちが晴れず、冷蔵室の中から度数の高い酒を口にする。縁側で風に当たり気持ちを落ち着かせようとするが、蜂須賀の元で働くことに対し何となく寂してモヤモヤする。

 酔いが回るのが早い。凪は心配して俺の顔を覗き込む。彼女の腕を引き、腰や臀部を撫でればまんざらでも無い様子で俺を受け入れる。外はまだ明るいにも関わらず抱き潰してしまった。酒も度数の高いものばかり選んで、空になれば次の瓶を開けていた。酒の瓶が一つ、また一つ、床に転がっていく。


 ーー頭がいたい。何時間寝たのかわからない。

 最後に時刻を確認したときは未の刻(七時台)だった筈だ。時計の針は巳の刻(五時台)だ。

「朝まで寝ちまったのかよ……」

 側には凪がいない。寂しさが満ちる。


 常備薬を取りに台所へ向かえば勉強道具を広げ、机にうつ伏した凪がいた。

「……これ」

 武器にもなれそうな程の分厚い書だ。中を開けば読む気を失せるほど民事に関わる条文が堅苦しく記述されている。所々に注意書きや黒鉛の痕、そして隷代制度に関するページは涙で滲んでいた。

「俺にはできないこと……な……」

 乾いていない髪をそっと撫でる。

 ーーまた乾かさないで寝て。風邪をひいたら誰が面倒見るかわかってるんだぞ?


 その場を離れ、流しへ向かう。

 白い皿の上に握り飯が二つと頭痛薬があった。手書きのメモも添えて。


 朝日へ。

 違う部署でごめんね。体大事にしてね。


 真面目な字でそれだけ書かれていた。