覚書

 ビリアンの技術に驚かされながらも、主へ軽く会釈し、遠慮がちに朝日の隣へ座る。

 運転席に座る努は出発の合図を送りながらエンジンをかけた。

 言魂の力を原料にして動く“俥(くるま)”は人力の俥とは異なり揺れは少なく、空調も快適だ。あまりにも静かで窓ガラス越しに映る中央(セントラル)の街並みを目で追っていく。

 ガラスに反射する何かが大きく揺れる。

 凪はそっと振り返えば、半目でボーっとした表情を浮かた雇い主がいた。彼は目をギュっと瞑りながら大きく首を横に振る。眠気を振り払おうとしている様子だ。

 相当眠い様子だ。その後も凪が朝日の様子を見守っている中、コクリ、コクリと頭が上下に揺れる。

 ゴツッ。

 鈍い音が車内で響く。相当痛かったのだろう、唸り声をあげながらガラス窓にぶつけた頭部を擦る。

 ーークスリッ。

 声は出せないが、あまりにも気が抜けすぎた主に対し小さく笑ってしまう。

 彼は不満げな表情を浮かべながら、凪の頬をむにっと抓る。

『ご』『め』『ん』『な』『さ』『い』『い』『た』『い』『で』『す』

 凪は自分の膝をトントンと叩きながら抵抗するが、“意地悪したくなる気持ち”湧き上がる。餅のようによく伸びる両頬をフニフニと堪能する。

 ーーおい、何やってんだこの当主様は?

 努の唇は大きなへの字作り、大きくハンドルを左にきる。