覚書

 鷹司家の襲撃。当主含めて怪我も無かったことが不幸中の幸いか。

 調査のため、住み慣れた家は当然使用できない。使用人は全員、公費で宿を借り、王より指示が出されるまで待機となった。……筈だった。

「ねぇ、朝日。なんでそれ持っているの?」

 彼の掌には木彫りの梟のチャームがついた銀の鍵だ。

 ーーおかしいな……。自宅の鍵なんだけど。

「いろいろあって“譲ってもらった”ってところだぞ」

「いろいろ……」

 うんうん、と頷きながら朝日は自然公園の入口へ入っていく。凪は心なしか、彼の足取りが軽いように見えた。

「“あの森”は移動式だが、入口が固定されているところもあるみてーだな。……それが」

 桜並木の道。ロープが張られ、本来ならば人の足を踏み入れてはならない道外れの場所へ入っていく。凪もその後を追う。

 特段変わった様子の無い桜の木の前に立ち、鍵の束を握りしめた右腕を木の幹に近づける。まるで水面に何かを突っ込んだ時のように接触部分は歪み、“内側”に入っていく。左手で凪の手を取り、彼は奥へと入っていく。

 その先には藤色の花が辺り一面に広がっていた。年中咲くこの花は創賢の民の生活を支えた奇跡の花。

 ここへ来たのは実に四年ぶりだった。懐かしさが心の中で広がっていく。里帰りした気持ちになる。

「さて、凪の家はどこだぞ?」

 穏やかな表情を浮かべながら彼は尋ねる。

 ーーああ、やっぱり。私の家で同棲しようと思っているのね……。